Excel殺人事件

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(5) 前  兆

携帯で連絡を受けた佐々木は、”井之下公園”へ急いだ。暗い公園の中を連絡のあった”鴨池”へ向かって駆けた。早く走ろうと意識すればする程、足が動かなくなる。何とか動かない体を前のめりにしながら駆けた。やっと息を切らして駆けつけると、犬山の姿が見えた。他には誰もまだ来ていない。
近づくと犬山の足元に死体らしき物が横たわっている。よく見ると、ボーガンの矢が刺さった死体である。数本の矢が刺さっている…。
「ついに起こったんですね、先輩!」と佐々木が叫ぶように声をかけると

犬山は、「ああっ…」と低い声で返した。
死体をよく見ようとしてしゃがむと、急に斜め前の植込みの中で音がした。
「誰だ!」と佐々木が声をかけると、行き成り一本の矢が足元へ飛んできた。
危ない!」と叫びながら佐々木は、犬山の体を屈めさせた。
「まだ犯人がいるんだ!」と佐々木が言ったとたん、次の矢が有無を言わさず飛んできた。
矢は、犬山の右足太股に鋭く突き刺さった。
「あっううっ…」と犬山はうめいた。痛みの為に声にならない。
佐々木が矢が飛んできた植込みを見ると、すかさず三本目が飛んでくる。矢が佐々木の眉間をめがけて飛んでくる。
ああっ、もう防げない。もうだめだ。目の前に矢尻がどんどん大きくなって…飛んでくる。
一生懸命犬山の体にしがみつく。
真っ赤な鮮血が眼前に飛び散った…。体から力が抜け落ちてゆく…。
「ああっ…」死か…。

 

しがみついた犬山の体が妙に柔らかい。あまりの柔らかさに、しがみついているのは布団のような気がして、佐々木は、自分がベッドの上にいることに気がついた。どうやら生きている。ここは、病院だろうか?朦朧とした意識の中で、ボーガンの矢が刺さった眉間に手をやった。おかしい、包帯も何もない。矢は外れたのか。犬山にしがみついたはずだが、布団にしがみついている。
自問しているうちに目が覚めてきた。夢か?夢なのか?もう一度眉間に手をやった。体の何処にも怪我はないようだ。やはり夢だ。何とひどい悪夢なんだ。
あまりの悪夢に佐々木は、寝汗まみれになっていた。冷静さを取り戻すのに時間がかかった。十分くらいベッドの上に胡座をかいていただろうか。やっと、正気に戻った。


そして、昨日の夜、宮園美紀にメールを出した事を思い出した。前の日は、酔っ払っていて美紀がくれたメールも見ずに寝てしまい、昨日の夜やっと本当に美紀からメールが届いていることを確認したのであった。それから、美紀に初めてメールを出したのである。内容は、鑑識から報告があった事、三人の内偵者を決め今日から動く事を伝えるため、それからExcelの非表示機能が何のためにあるのかを聞くためであった。
”ひょっとして、今朝、美紀から返事がきているかもしれない”そう思ってパソコンのスイッチを入れた。
わくわくする気持ちを押さえながら、ネットへ接続すると、思ったとおり美紀からメールがきているではないか。それも10分ほど前に発信されたものである。とたんに悪夢で目覚めた朝が、素晴らしいものに思えてくる佐々木であった。
美紀のメールには、この事件が大きな事件になって欲しくないと書かれていて、手伝える事は手伝いたいと書いてあった。佐々木は、何か微笑ましい気持ちになった。また、Excelの非表示に対する質問には、主に印刷時に不必要な行、列を非表示にして印刷する事や、さらに、見せたくないデータや計算式、関数を隠す場合などにも使うと書いてあった。Excelを使った事のない佐々木には、具体的にどういった利用なのか理解できなかったが、返事をくれた事がとても嬉しかった。

 

佐々木は、美紀からのメールで明るい気分になったものの、心の底には悪夢による大きな不安を抱いたまま、三日目の出勤をした。
南署に着いて、二階の刑事課へ行く階段を上ってゆくと、踊場のところで犬山がしゃがみ込んでいる。不思議に思った佐々木は、声をかけた。
「どうしたんですか、先輩。」
「ああ、お前か、ちょっと足が痛いんだ。」
「足の何処ですか?」
「太股だよ」
「えっ…、太股!」
佐々木は、夢のシーンをありありと思い出した。右足の太股に、ボーガンの矢が刺さった痛々しい犬山の姿が思い起こされた。
「右足ですか?」
「ばかやろう!左足だ。二日酔い解消の為に、昨日の夜ジョギングをやったからな、そのせいだろう。」
「いやーびっくりしました。左足ですね。ああ良かった。」
「ばかやろう!何が良かっただ。左足なら良いのか、ばかやろう。」
佐々木は、”ばかやろう”を連発する犬山の姿を見ながらいつもの光景だと安心したものの、悪夢によって心の底で芽生えた不安が、杞憂に終わることを祈らずにはいられなかった。

(5)前  兆 終わり

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