(3) 行の非表示
翌日、佐々木は、完全に二日酔いであった。朝から黙ったまま自席で、昨日整理したファイルの中身を調べるのだが、
頭の中は一向にさえない。ふと犬山を見ると状況は、全く同じで、下を向いたまま黙っている。書類は開いているが、手はほとんど動いていない。
午前中、鑑識から、何か報告があるかと思ったが何もない。
もうそろそろお昼だと言う時に、佐々木の前の電話が鳴った。
「はい、刑事課です。」
「交通課の宮園と申しますが、佐々木さんを願いします。」
驚いたことに美紀であった。佐々木は慌てて対応した。
何しろ目当ての美紀からである。内容は、事件のことで気になることがあるので、昼休みに会えないかと言うものであった。
場所は、南署裏の「モモ」と言う喫茶店である。この美紀からの誘いで、佐々木の二日酔いは、一気にさめた。
心躍らせながら「モモ」へ向かった。
「モモ」に行くと、すでに美紀は来ていた。
「やー、お待たせ、いや、まさか美紀ちゃんから電話をもらうとは、どうしたの。」
「佐々木さんね、昨日、早速メールを出したけど見てないで
しょ。」
「あ、メールくれたんだ。いや、昨日は、飲んじゃってね、
遅くなって。パソコンには全く触っていないんだ。ゴメン、
ゴメン。」
「まあ、いいわ、罰としてお昼おごってね。」
「美紀ちゃんならいつでもおごるよ。何でも食べてよ。」
結構ちゃかりしていると思いながら、佐々木刑事は嬉しくなったが、結局、二人とも一番早くできるランチメニューを注文した。
食事をしながら美紀が言った。
「昨日の件で何か解ったの。」
「あれから鑑識へ、フロッピーを出したんだけど、まだ何も言ってこないんだ。」
「では、何もまだ解っていないのね。メールにも書いたけど、実は私し、あの時フロッピーを、コピーしておいたのよ。ち
ょっと興味が湧いたから。いけなかったかしら、ごめんなさ
い。」
「えー、ほんと。驚いたな。うーん、弱ったな、まーいくらコピーしても元のものを壊すわけじゃーないし、黙っていればいいか。」
「ほんとにごめんなさい。」
「ただし、マスコミには、絶対渡さないようにね。二人だけの秘密だよ。」
佐々木は、上司の許可もなくコピーをしたことはいけないが、
これで美紀ちゃんとより親密になれると、心の中でひそかな喜びを味わった。
「それで、調べて何か解ったの。」
「そうなの、あの予告文の下の行が非表示になっていて、そこにまだ書いてあったのよ。今見せるはね。」
と言いつつ美紀は、モバイルのパソコンを出した。
「え、モバイルも持っているんだ。へー。」
「ええ、これは便利よ。ここなのよ、このExcelの行の部分が非表示なのよ。行番号が一つ飛んでいるでしょ。251行目がないでしょ。」
「あっ、本当だ、ここは見られるの。」
「ええ、特にパスワードで保護もされていないし、こうすれば表示できるのよ。」
美紀は、さっさと操作しながら行を表示させた。そこには、
「これは警察に対する俺の挑戦だ。恨みを晴らしてやる。」
と書かれていた。
「うーん、驚いたな。」
と言ったまま佐々木は、しばらく黙り込んだ。
「もう、他には、何もないの。」
「ええ、このファイルは、シートが標準のままの3枚なのね。
これは、シート1だからシート2も3も調べたけど、他には非表示部分も無いし、たぶんこれだけだと思うわ。」
「そう、イヤーどうもありがとう。警察に対する恨みと言う
ことだから少し進展だよ。ありがとう。」
このあと佐々木は、先輩の犬山から事件の解決のために、Excelの勉強をするように言われていることを告げ、美紀に解らないところを教えてほしいと頼んだ。すると美紀は、
「ええ、いいわ。まずマニュアルを読んでみて、解らないところを聞いてください。ただし、この事件に興味があるから
捜査状況を教えてね。」 と言って舌を出した。
佐々木刑事は、一瞬、事件の捜査状況は、刑事課以外の人に
は教えられないと思ったが、Excelをこれから教えてもらうには、事件の話もしないわけに行かないから、やむをえないと思った。
「美紀ちゃんは、刑事課の人間じゃないから100%教えられないけれど、署員には間違いないから大体のことは、話できると思うけれど。」
「私、ミステリーファンだから、なんだかわくわくするわ。」
と言いながら美紀の目は輝いた。
佐々木は、これは小説と違うんだ。現実の事件なんだと言いたかったが、弾んでいる美紀を見ると何も言えなかった。
「モモ」を出るとき、美紀はコピーしたフロッピーを佐々木に渡しながら言った。
「これは、佐々木さんにお渡しします。ただし、私のパソコンのハードディスクにも入っているから了解してね。」
「え、ハードに。そうか、いくらでもコピーできるんだものね。でも、他人には絶対秘密だよ。」
佐々木は、やれやれと言う思いもあったが、これで美紀と二人だけの、いくつもの秘密ができたようで、すっかり上機嫌になった。ライバルの脇田や大塚の顔が浮かび、心の中で万歳をしていた。

(3)行の非表示 終わり
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